ぼっち君の誕生
坂本 清は、20代に整形外科に一時勤務。
その時、患者さんの多くが膝・股関節・腰痛の方々だった。
ふと、何気なく足先を見たら、親指が外反しているのに目が留まった。
次々患者さんの足を見ると、ほとんどの方の指が外反していた。
この時、もしかしたら、指先の外反が関与しているかもと思いはじめた。(外反母趾は、長い時間かかって出来たもの。これ以上変形させないためにも、良いサポーターはないものか)と考えた。
30代で、柔道整復師の資格を取得し、都内の接骨院で修業。
開業することにより、本格的に、外反母趾についての研究が始まった。
開発に当たっては、より母指外転筋の、筋力に近い生地を使用する必要があった。
そのため、ノギスでミリ単位の厚さを測り、強度と薄さの生地を追求。
試作にあたり、家にある布地を使い、今まで縫い物などしたことがなかったため、何度も、針で指を刺し、血を出したことか。試行錯誤の上、ようやく40代、なんとか形だけは出来上がる。
わたしの追い求める生地は、既存の生地では薄さと、強さを兼ね備えたものが見つからなかった。
そのため、電話帳を見て、紡績工場と縫製工場を片っ端から掛けまくった。
そのたびに断わられた。
それでも諦めず、掛け続け、ようやく見つけることが出来た。ぼっち君を完成するのに、約30年の歳月を要した。
当初、考案したぼっち君は、親指を引くのに1本の帯だった。
これでは帯が、上下動きすぎるとの意見があり、改定後のぼっち君は、真ん中の帯の働きを発揮するために、上下の補佐の帯をつけることにより、よりまっすぐに引けるように開発し、現在に至る。サポーターのネーミングは患者さんと一緒に考えた。ぼっち君のキャラクターは末娘が作成した。